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日々徒然なるままに駄目っぷりと愚痴と愛しさの垂れ流し。 呟き手はkt-blue。なんかの病気。躁鬱腐女子らしいよ。咲かない桜に憧れをこめて。


by ktblue-black
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地下へと続く塔2

高い窓から光が零れて、やわらかな毛布にくるまる少年の睫毛を擽りました。少年はまるで見えない天使とじゃれているかのようにゆるゆると腕を動かして、まだ眠りたそうにしています。それでもじきに小鳥の囀るのを耳にして、すみれのような色をした、大きな眼をこすりながらゆっくりとその身を起こしました。
枕元には鏡が一つ置いてありました。
少年はそれを手に取ると、いつものように朝の挨拶をしたのでした。
「おはよう。今日もいい天気のようだよ」
「おはよう。湖の水も温かいよ」
「こんなに天気がいいのなら、今日こそあの人は会いに来てくれるだろうか」
「こんなに天気がいいのだもの、今日こそあの人は会いに来てくれるよ」
「僕はちゃんと僕でいる?」
「僕はちゃんと僕だろう。」
「僕が言うなら間違いはないね」
「僕が言うのに間違いはないよ」
少年はにっこりと笑いました。鏡の中の少年もまた、にっこりと笑いました。少年は手に持った鏡を元の場所に戻しました。そうして寝台から降りると、振り向いて楽しそうにまた笑いました。少年の振り向いた先、壁に掛けられた何十という鏡の中の少年もまた、楽しそうに笑ったのでした。

少年の名前はマシューと言いました。柔らかな響きのその名前は、少年がここにきてからつかわれることは一度もありませんでした。けれど少年はそのことについて特に何も思うことはありませんでした。なぜならそれが当たり前だったからです。
少年は湖の真ん中に浮かぶ小島にそびえる塔に住んでいました。この小島に住んでいる人間は少年だけでした。
お城の小部屋に住んでいた時とは比べようもありませんが、それでも困ることはありませんでした。食べるものや必要なものは決まった日、決まった時間に使いの鳥が運んできてくれるので、少年がひもじい思いをすることはありません。
延々と続く緑の木立を馬車に揺られながらここまできたのも、今は遠い昔のように感じます。
塔のてっぺんから眺めると、大きな湖は深く広大な森に囲まれているのがわかります。ずうっと続く緑のじゅうたん、そのはるか彼方に建っている立派なお城に、少年の大事な人、この国の王様が住んでいるのです。
この森を抜けて湖を渡ることができるのは、王様一人だけでした。王様は、少年が危ない目に合わないように、森や湖にふしぎな魔法をかけたのです。だから、少年をたずねてくる人間は王様の他にはひとりもいませんでした。
少年は王様の訪れをとてもとても楽しみにしていました。王様が塔にやってきたのは、片手の指で余るほど。一番最後に会ってから、冬と夏が一度づつ過ぎていました。
それでも少年は、王様の訪れを楽しみに待ちながら、日々を過ごしているのでした。
by ktblue-black | 2011-05-30 11:00 | 嗜好関連